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February 12, 2005

熱気球大会@アンヘレス in フィリピン

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私の地元であるルソン島アンヘレス(パンパンガ)は各国外人が多いため、スカイダイビング、ハングライダー、パラグライダーなども盛んです。
街道で、カートレースなどもよく行われたりします。
パイロットの免許も他国より安くとれるので、お金さえあれば、トライしてみたいものですが・・・

2月11日から13日まではフェスタです。
その一環で、昨日は、アンヘレスのクラークで、熱気球大会が行われました。
参加者は、9カ国17人。

このクラークは日比米歴史のいわくつきの場所です。
かつては、旧・日本軍のマバラカット飛行場。
終戦間際、日本が窮地に陥った時、第一航空艦隊司令長官大西瀧治郎(海軍中将)が、敵(米軍)へ自爆攻撃をする神風特別攻撃隊を考案し、それが飛び立ったのが、この地なのです。行き先はレイテ島沖。

世界史上初の神風特別攻撃隊への大西瀧治郎(海軍中将)の訓示。
「日本はまさに危機である。しかもこの危機を救いうるものは、重臣でも大臣でも軍令部総長でもない。むろん自分のような長官でもない。それは諸氏の如き純真にして気力に満ちた若い人々のみである。従って自分は一億国民に代わって皆にお願いする。皆の成功を祈る。皆は既に神であるから、世俗的な欲望は無いだろうが、もし有るとすれば、それは自分の体当りが成功したかどうかであろう。皆は永い眠りにつくのであるから、それを知ることは出来ないであろう。我々もその結果を皆に知らせることは出来ない。自分は皆の努力を最後まで見届けて、上聞に達するようにしよう。この点については皆安心してくれ。 しっかり頼む。」

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終戦で、大西瀧治郎(海軍中将)はマニラにて割腹自決。
神風特攻隊で散った若い生命の苦しみを自分も味合わないと申し訳ない、と、横からの補助殺を避け、8時間あまり苦しむという壮絶な最期だった。

その後、フィリピンは米軍支配による米国属国扱いを受け、クラークは、米軍にとってのアジア最大の空軍基地となっていました。
が、その後、ピナツボ噴火その他あり米軍撤退(現在は、フィリピンの法律では、外国軍は駐在できない)。
今は、クラークは、国内線空港として使われるほか、経済特別区となっています。

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