tacchyです。
日本で、真鯛といえば、東京湾。
しかし、一般流通ルートではみかけないので、これをしらない方々が多いです。
徳川幕府も天皇家も、一番重んずるのが東京湾のマダイです。昔から「献上鯛」といわれる所以です。
ですから、環境保護などの観点から、東京湾のマダイ釣りでは、アミコマセは禁止されています。
ではどうやって釣るか。
古典的に、コマセを使わず、活き海老を使っての一本釣りです。
横須賀の鴨居では、完全な手釣りでこれを行い、「タテ釣り」と呼ばれます。
本来、職漁の技術ですし、素人では難しすぎる釣りですし、いわゆる釣り舟では殆ど行われていません。
補足すると、千葉の竹岡及び周辺では、手釣りに近い手羽根竿をつかって、やはり活き海老で行います。
さて、この横須賀の伝統のタテ釣りの灯がほとんど消えてきました。
私は、横須賀・鴨居の伝助丸の船長・丸茂氏に師事してきました。
この伝助丸は、一度、相手の舟の不注意により、海難事故にあい、船体が破壊されました。もちろん、加害者の金沢の舟などから、保障はされましたが。
当時のニュース:
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2004年11月17日(水)
漁船と釣り船が衝突、1人軽傷 神奈川・観音崎沖
17日午前7時半ごろ、神奈川県横須賀市の観音崎沖で、漁船「伝助丸」(1トン)と釣り船「第7太田丸」(12トン)が衝突し、伝助丸の船長で同市鴨居2丁目の丸茂茂さん(69)が胸を打って軽傷。第7太田丸には船長のほか客6人が乗っていたが、けがはなかった。
横須賀海上保安部などによると、伝助丸はタイの一本釣りをしており、第7太田丸は漁場に移動中だった。船首同士がぶつかり、伝助丸が動けなくなったため、第7太田丸が引っ張って近くの鴨居漁港に入港したという。
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さて、この伝助丸の丸茂船長は、このあと、肺がんを罹患し、昨年10月に故人となってしまいました。
しらせをうけた私は、多忙な仕事でかなり遅れて鴨居港にいきました。
気さくな船長さんは、いつも私を家にあげてくれ、奥様手作りのごはんなどごちそうになっていました。
私がいった日は、葬儀などがすぎて2週間以上たってからですが、家がかなりごたごたしていたようで、いつもご飯などの世話をしてくれたおかみさんに会うことができませんでした。前もって電話をしなかったので・・・
懐かしい、思い出が詰まった船は、エンジンが外されている状態で、まだ漁港に係留されていました。
船にはいると、思い出がつまった小物などが一部残っていました。
港で2時間ほど、故人・丸茂船長の話などを、港にいた漁師さんたちとお話をして、最後に、花を伝助丸に残して帰りました。
どこも、跡取りがいないため、もはや、歴史ある横須賀・鴨居のマダイ一本釣り(手釣り)のタテ釣り(テンヤ釣り)の灯はほとんど消えかかってしまう・・・・
跡取りがでてこないのは、海の状況などで、そうそう職業漁があまりよい結果でないこともあるのですが・・・・
こんな素晴らしい伝統技術が消えていくのは悲しいことです。
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